まさかこんな状態になるとは夢にも思わなかった。この街が発展すると、ただ良いことばりを信じてしまった―。今から55年前、戦後復興から高度経済成長へと向かう“国策のために”三重県・四日市市に石油化学工場が誘致された。人びとはそびえ立つ煙突を眺めながら希望の想いを馳せたと言う。「四日市も名古屋のような大都市になる」
しかし現実は違った。煙突は明るい未来への光ではなく、煤煙を撒き散らし、日本四大公害の1つ、四日市ぜんそくを引き起こした。海は死に、賑やかだった漁港は企業城下町になった。このドキュメンタリーはこの公害裁判に立ち上がった人びとと、彼らを支え、その道のりを40年以上記録し続けた公害記録人・澤井余志郎さんの物語だ。
「市の発展のためには少々の犠牲はやむを得ない。今どき漁業で生計をたてようなんていうのは時代おくれだ。」作品の中で、当時の四日市市長の驚くべき発言がある。しかし今、福島原発事故を見つめたとき、国民を守り、国民のための政治を執り行う立場にある人びとの言葉はどうだろう。50年前から続く、公害という社会的人災から学んだことは何だったのだろうか。
原告患者のひとり、野田之一さんはこう語る。「行政も企業も住民も、一緒になって子どもたちのためにきれいな地球を残していこうというのが見えた時に、私はありがとうと言いたい。」公害記録から伝わる、経済優先と人間尊重の間で揺れ動く様々な立場の人びとの思い。福島原発事故の問題を抱える現代の私たちにも、今、突きつけられている。
6/18(土)よりポレポレ東中野にてロードショー他全国順次公開
共同監督:阿武野勝彦/鈴木祐司(日本/2010年/94分)
(C)東海テレビ放送
公式サイト
http://www.aozoradorobo.jp/