「日本の台所」と親しまれた築地市場が6日、83年の歴史に幕を下ろした。築地市場は本格的な引越し作業に入り、11日に豊洲市場が開場する。しかし、市場関係者からは、土壌汚染や建物に不安の声が上がっている。
午前5時すぎ、場内で鈴が鳴ると、マグロのせりが始まった。卸業者が威勢のいいかけ声を張り上げると、市場が一気に活気づき、買い物客や荷物を運ぶターレが行き交った。
築地市場は、関東大震災で日本橋の魚河岸が壊滅状態となったことを受け、1935年に開場した。水産物で一日に約1500トンの取扱量を誇るなど世界有数の市場へ発展。特徴のある扇形の建物には、約600の水産仲卸業者が店を連ねている。
しかし、豊洲市場の移転に伴い、数十社が廃業する。家賃や駐車場代などの経費が大幅に増えるためだ。「すごく残念。やりきれない気持ち」と語るのは、老舗の鮮魚仲卸店の女将である山口タイさんだ。昨年4月に「築地女将さん会」を結成し、移転反対を訴えてきた。止むを得ず、店は豊洲へと移転するものの、商売には悲観的だ。駐車場代など新たな経費を抱えるため、廃業の可能性もあるという。
豊洲移転に課題山積
汚染物質への懸念もある。都は土壌汚染対策をしたものの、今年7月に発表されたモニタリング調査結果でも、環境基準の170倍もの発がん性物質ベンゼンが検出されたほか、先月には施設のマンホールから地下水が吹き出る現象が起きた。
そして最も不安視されているのが、豊洲市場の構造だ。築地には6箇所の入り口があったが、豊洲では1箇所に限られる。出入り口は狭く、渋滞が起こるのは必死。ひとたび事故が起これば、完全に物流は麻痺してしまう。
仕入れのために、築地に50年通ってきた男性は、「トラックがまだ走ってないのに地盤沈下している」と指摘。「豊洲には行かない。築地に戻ってくるのを待っている」と苛立ちを隠せない。
築地は11日から解体工事が始まり、東京五輪の駐車場として整備される。五輪後に再開発される予定だが具体的な内容は決まっていない。