社会心理学を専門とする山口大学文学部の高橋征仁教授は7月19日、茨城県内で講演を行い、福島原発事故の影響でホットスポットとなった茨城と千葉の住民の意識調査結果を公表した。分析によると、被ばくリスクに対する低減行動をとっている母親ほど専門知識を有しており、「放射線恐怖症」と呼ばれるような精神的な特徴はなかったと結論づけた。
高橋教授は、原発事故で放射能被害があったにも関わらず、ほとんど研究がなされていない福島県外の汚染地域を対象に住民の意識調査を実施。放射性物質汚染対処特措法の汚染状況重点調査地域に指定されている千葉と茨城の住民約2000人を対象に、低線量被曝問題をめぐる意識や行動などに関して分析した。
小さい子のいる茨城の母親、高い被ばく回避行動
その結果、小学生以下の子どもがいる茨城在住の母親が、非常に高い割合で、多くの被ばく低減行動をとっており、マスク、水、野菜、魚介、牛乳、洗濯物の7つの項目について、6割以上が対策をしていたと回答した。
中でも、つくば市在住の家族は、多くの人が、事故直後に避難行動をとっていた。また、リスク低減活動をしている人は、積極的に情報収集を実践しており、専門家のブログやチェルノブイリ事故に関する情報にアクセスしていることがが分かった。
しかし、事故から4年が経過した現在は、被ばく低減行動の内容や種類は大幅に減少している。まったく被ばく低減のための行動をとっていない「対策なし」の割合は、約2割から5割に増加。しかし、「水道水」や「牛乳」「魚介」については、今も2割程度リスク回避をしていることがわかった。
被ばく低減活動が低下した背景について、高橋教授は、母親たちが疲弊していることが考えられると説明する。食品の産地を気にするなど、買い物のストレスが増えた人は、小学生以下の子どものいる家庭で8割、子どもがいない家庭でも6割以上にのぼった。また、低減活動をしている人の多くが、外部との軋轢を割けるために「放射能問題を人前ではしゃべらない」ことにしていた。
一方、リスク認知も低く、リスク低減活動もしていない層は、子どもがおらず、情報も少ない層が占めており、この層は、「放射能の問題についてできるだけ考えないようする」人の割合が高い特徴があったという。
「放射能恐怖症」は間違い
政府は、現在、被ばく回避に取り組む母親は心配しすぎだとして、リスクコミュニケーションと称して、「不安低減策」に取り組んでいる。同調査は、政府の方針と対策が正しいかどうかを確認するため、心理テストの一種である「BIS(Behavior Inhibitition System 行動抑制システム」の尺度を用いて、リスク回避をしている人としていない人の不安傾向を比較した。すると、両者の数値に違いはなく、避難したり、食品を回避している母親たちに「放射能恐怖症」と思われるような傾向はなかったという。
子どもに健康の変量あり2~3割
さらに、今も変わらずリスク低減活動をしている母親の中には、子どもの体調に、何らかの「異変」を感じているケースが多いことがわかった。小学生以下の子どもがいる場合、子どもの体調に異変を感じた割合は、茨城県で3割、千葉県で2割にのぼる。体調の変化で最も多かったのは鼻血で、咳や皮膚症状などが続く。
同時に、小学生以下の子どもたちのいる母親は子どもの健診を望む割合が非常に高く、甲状腺エコー検査を望む人は茨城、千葉ともに8割に達し、尿中の放射性物質検査を希望する人は6割、血液検査を望む人も茨城では5割、千葉で4割程度などとなっている。
調査にあたった高橋教授は、同調査により、被ばくを心配している母親たちは、政府の主張するような「放射能恐怖症」ではなく、情報と知識量の多い人であることが裏付けられたと説明する。個人が被ばく回避の責任を全て負わなければならない現在の構造には限界があるとして、リスクを社会化していく必要があるとしている。
同研究は、10月に刊行される関西学院大学災害復興制度研究所の『災害復興研究』に掲載される。