LGBTQ
2023/04/21 - 15:04

父親になりたい~性別変更要件が奪う父としての生き方

都内在住30代男性の宮内隆さん(仮名)は、出生時とは異なる性別で生活するトランスジェンダー男性。現在は11歳年上のパートナー・佐伯朋(仮名)さんと生活している。戸籍上はふたりとも女性で、昨年5月、公的にふたりの関係を証明する「パートナーシップ宣誓」を結んだ。「いままでの人生で今が一番安全と思える」と話す隆さん。しかし、問題が残っている。戸籍上も男女のカップルでありたいと願う隆さんだが、法律が壁となり、戸籍の性別を男性に変更することができないのである。

左:宮内隆さん、右:佐伯朋さん

物心ついた頃から自分の性別に違和感を持っていた隆さん。当時はインターネットがなく、情報も少ない時代。両親や周囲から求められる「女性らしさ」に抗えないまま、心も体も「異性愛者の女性」を演じて生きてきたという。26歳のとき、男性と結婚した。ところが29歳で妊娠したとき、隆さんの心に積もり積もった「女性としての自分」への違和感が、爆発した。

心療内科に通い、性別違和(性別不合)の専門医と半年以上にわたる面談を重ねた。長い検討の末、男性化することを決意。徐々に男性的な髪形や服装をするようになった。男性ホルモンの投与をはじめたことで、声は低くなり、見た目も男性化していった。その変化に当時結婚していた人からは「死ね」「気持ち悪い」と言われていたという。家庭の中で隆さんの居場所はなくなった。関係は悪化し、出産してから5年、離婚が成立。隆さんは子どもとふたりで生きていくことになった。

そして、1年して出会ったのが現在のパートナーである朋さんだ。朋さんは「最初知り合ったときは、(隆さんは)眉間にしわを寄せて、いつもなにかを警戒しているようだった」と振り返る。それを受けて隆さんは「パートナーと一緒に暮らすようになって、初めて家が”安全な場所”と感じるようになりました」と話した。また、男性化が進むことで心も安定するようになってきたという。子育て中は苦しくて見れなかったという古い写真も、「いい写真。そう思えるようになったことに、今気づきました」と笑みを浮かべた。

ところが、新しい生活を始めてからもなお、苦難は続いた。何も知らない人からは、隆さんらはどこにでもいる核家族に見える。しかし、戸籍上女性である隆さんは、生活のあらゆる場面において母親としての役割を求められた。書類上は女性として扱われる一方で、見た目が男性であることから、その都度、説明が求められたという。繰り返される精神的な負担は隆さんの心を蝕んだ。同じころ、子どもに対する世間からの目線も無視できないものとなり、隆さんはついに当時6歳の愛する子どもと暮らし続けることを断念、親権も手放した。

最高裁の判決に抗議するデモ

性別の戸籍変更を可能とする「性同一性障害特例法」では、その要件のひとつに「現に未成年の子どもがいないこと」と定められている。つまり、隆さんは子どもが成人するまでは性別変更することができないことになる。この、いわゆる「子なし要件」をめぐっては、21年、最高裁は「子の福祉に反する」「家族の秩序を乱す」という過去の判例を踏襲し「違憲性なし」と判断した(裁判官のひとりは「自己同一性を保持する権利を侵害している」として、「憲法13条に違反する」との反対意見を出した)。この判決を受け、当事者や支援者らが抗議の声をあげている。断続的に都内で子なし要件に反対するデモを行っている「#ありえないデモ」の頼(たのみ)さんは、「子どもを育てるために働かないといけないのに、性別変更できないせいで就職できなかったりしている」と、見た目と性別が合わないことで、かえって社会生活に混乱が生じている現状を指摘する。なお、この「子なし要件」とは、世界で日本にしか存在しない要件だ。

子どもが「これなに?」と聞いたアクセサリー

8歳になった子どもは離れて生活しているが、定期的に家に泊まりに来ているという。そのときは、3人で外へ遊びに出たり、家でゲームをしたりしている。朋さんは「以前は棚によじ登ったりして大変だったけど」と笑いながら話すと、パソコンに保存された動物園や公園、食卓を囲む写真などを見せてくれた。そのどれもが3人の笑顔で溢れている。ある日、隆さんに子どもが「これなに?」と、レインボー色のアクセサリーを指さしたので、隆さんは、子どもがまだ小さかった頃に一緒にレインボーパレードに参加したことを話した。すると「当時のことを子どもが憶えていて」「”また行きたい”と言っていました」と話すと「嬉しかったです」と笑みをこぼした。

隆さんと当時2歳の子ども、レインボーパレードにて

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