大阪・泉南地域でアスベストを吸い、肺がんなどを発症したとして元労働者や遺族らが国に損害賠償を求めた2件の集団訴訟の上告審判決で9日、最高裁は国の責任を認める判決を言い渡した。全国のアスベスト訴訟で、最高裁が国の賠償責任を認めたの初めてとなる。原告弁護団の村松昭夫弁護士は「他の裁判の救済の判断基準になる」と語った。
原告は、元労働者や遺族ら計89人。第1陣の34人と第2陣の55人が分かれて提訴、1審の大阪地裁の判決ではいずれも勝訴していたが、2審の大阪高裁では国の責任をめぐり、判断が分かれていた。
最高裁では、国が石綿の危険性が明らかになった1958年(昭和33年)から1971年(昭和46年)の14年間にわたり、工場に排気装置の設置を義務づけるのを怠ったとして、約3億3000万円の賠償を国に命じた。一方で、排気装置の設置を義務づけた後の昭和46年以降の被害や、環境曝露に対する責任は認められなかった。
最高裁の判決後、原告や弁護団、支援者など約20人は、永田町で記者会見を行った。原告の満田ヨリ子さんは、「感無量です。国に勝って夫の無念をはらすことができた」と語った。一方で、夫を亡くした原告の佐藤美代子さんは、就労期間が昭和46年以降となり敗訴となった「本当はすごく怒りに思っている。だけど、みんなのために勝利したことは心の中から喜びたい」と涙を浮かべながら話した。
記者会見の後、原告らは厚生労働省へ向かい、国の謝罪を求め塩崎厚生労働大臣宛ての要請書を厚生労働省の担当者に手渡した。要請書の提出後、2時間にわたり大臣や厚生労働省のアスベスト被害の担当者との面談を求め続けたが、実現しなかった。