福島第一原発事故
2019/06/02 - 16:42

甲状腺がん「放射線関連なし」 〜一度も議論せず報告書公表

東京電力福島第1原発事故当時18歳以下だった福島県内の子どもを対象に実施している甲状腺検査をめぐり、専門家で作る甲状腺評価部会は6月3日、2014年から2015年の検査でみつかった甲状腺がん71例は、被曝との関連性はないとする報告書をまとめた。報告書は、部会で一度も議論することなく唐突に提出され、最終案も部会長に一任された。通常より数十倍、多く見つかっているとする一方、その原因は特定しなかった。

2巡目で見つかった71例の甲状腺がんについて検討した今回の報告書。先行検査で見つかった102例を検討した前回の報告書と同様、通常の地域がん登録から推計される有病率に比べて「数十倍多い」と指摘。しかし、国連科学委員会(UNSCEAR)の推計甲状腺吸収線量を用いて解析したところ、「線量の増加に応じて発見率が上昇するといった一貫した関係は認められない」として、「現時点において、本格検査(2巡目)に発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない」と結論づけた。

甲状腺検査本格検査(検査 2 回目)結果に対する部会まとめ(案)
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/330479.pdf

原因が不明なまま、通常より数十倍のがんが見つかっていることについて、鈴木元部会長は会見で、山下俊一教授の論文(*)を例にあげ、手術したがんの中にはとる必要がなかった微小がんも数例あったと指摘。さらに30年後、40年後に見つかるはずだった甲状腺がんを見つけている可能性があると述べた。

しかし、1巡目でも報告書で、約30年分の甲状腺がんを全て見つけてしまったと指摘していながら、なぜ2年間に新たな71例もの甲状腺がんが見つかったのか。その疑問には一切、触れなかった。

*Lessons from Fukushima: Latest Findings of Thyroid Cancer After the Fukushima Nuclear Power Plant Accident | Thyroid https://www.liebertpub.com/doi/full/10.1089/thy.2017.0283?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori%3Arid%3Acrossref.org&rfr_dat=cr_pub%3Dpubmed#.XPXa33MJqm4.twitter

残る課題〜個人線量と男女比

また報告書では、「臨床的に発見される男女比が1対6程度であるのに対し、福島県で見つかっているがんはほぼ1対1となっている」と記述。男女比と被曝との関係について、「今後の課題」とした。チェルノブイリでも男女比が、通常より小さいことが特徴とされている。この点を、記者会見で問われると、鈴木座長は、評価部会ではそこまではできないと回答。医大が判断することと述べた。

報告書のもととなった解析結果について、疫学が専門の祖父江友孝大阪大学教授は、「欠落しているデータもある。」と指摘。報告の出来を「60点」と評価。また国立がん研究医療センターの片野田耕太がん統計・総合解析部長は、点数は半分くらい(50点)などと述べた。

撮影:今野寿美雄
 

結論ありきの「報告書」か

今回の報告書の根拠としている解析データは、今年2月に、福島県立医大が提出した「市町村別 UNSCEAR推計甲状腺吸収線量と悪性ないし悪性疑い発見率との関連」だ。ところが、2月に提出したデータには大きな誤りがあった。

福島県立医科大学疫学講座の大平哲也教授によると、誤りは解析プログラムの入力ミスだという。本来「甲状腺疑いあり」は「1」、「甲状腺疑いなし」は「0」と入力すべきところに、「2〜4」の数字を入力した結果、オッズ比が実際の値よりも大幅に低くなっていた。

この誤りは、4月8日に開催された「県民健康調査」検討委員会の記者会見で、科学雑誌の編集長が鈴木元部会長に指摘。部会長は「指摘は受け止める」と回答し、「次回の評価部会で正しい結果を出す」との考えを示していたが、その結果を公表する前に、報告書が取りまとめられていた格好だ。

いつ解析が修正され、報告書案は果たして何日かけて作成されたのか。また、なぜ「0」や「1」しか入力しない欄に「2〜4」という数字を入力したのか。福島医大はOurPlanetTVの取材に対し、あくまでも「数字の入力が、単純に違ってしまったのが要因」と強調。前回の「検討委員会」が開催された4月8日の朝に鈴木部会長に報告し、後日、修正資料を渡したたと説明した。また、誤りに気づいたのは科学雑誌の指摘ではなく、「今回の評価部会に向けて、他の交絡因子なども加えた解析作業を進める中で、データ解析に関わった大平教授が誤りに気づいた」としている。4月8日の検討委員会で、鈴木部会長がなぜ誤りについて触れなかったのかは明らかにしていない。

1巡目の報告書は、「甲状腺がん有病者数推計」が提出されてから中間報告書が公表されるまでに半年間かけていた。しかし今回は、正しい解析データが会議に提出されないまま、部会長が報告書を作成。詳細な議論を経ないまま、やはり部会長に最終版が一任された。県立医大の説明通り、今年4月8日以降に即座に修正データを鈴木座長に渡していたとしても、約1ヶ月間で報告書をまとめたことになる。

同解析データの問題点を見つけ、科学雑誌で指摘していた神戸大学大学院の牧野淳一郎教授は、「このような初歩的なミスが見逃されるのであれば、第三者の専門家にチェックしてもらう必要があるのではないか。」と批判する。また「修正によって、 オッズ比(**)は 1.1-1.6 から 1.5-2.5 程度へと非常に大きくなり、統計的に有意に大きいものや、ほかにも差が大きいものがある。」と指摘。「トレンド検定したというが、被曝量推計の誤差が大きいことを考慮すると適切な検定になっていない」と批判する。

それ以前に、これまでの評価部会で使ってきた避難区域、浜通り、中通り、会津という4地域区分や、大平氏が論文で使っている被曝量推計ベースと違う方法を何故使っているのかも疑問だという。「有意差がでなくなるまで、データ分割の方法をいろいろ試すというやり方は、データ解析では絶対にやってはいけないこと。今回の解析は、適切な研究方法に沿ったものとは言えない」という。

**ある事象の起こりやすさを比較する際に示す統計学的な尺度。この場合、線量ごとの発見率を比較して、どの程度(何倍)違うかを示している。

2017年11月30日の第8回評価部会に提出された「甲状腺がん発見率調整データ」では、避難区域等13市町村、中通り、浜通り、会津地方の順に高かった。

2022年から2026年頃に結論?

報告書と併せ、今回の部会では、来年4月からスタートする5巡目の「お知らせ文書」と「同意書」に関する修正案も示された。それによると、これまで以上に「検査のデメリット」を強調。同意書には、「将来的に症状やがんによる死亡を引き起こさないがんを診断し、治療してしまう可能性があります」といった文言に加え、「社会的・経済的不利益が生じる可能性があります」「治療を必要としない結節やのう胞も発見される」可能性を指摘。「体への負担、受診者やご家族にご心労をおかけしてしまう可能性があります」などと加えられた。

これについて、伊藤病院の加藤良平病理診断科長と、大原総合病院の阿美弘史外科主任部長は同意を示したが、神奈川予防医学協会の吉田明婦人健診部長は「非常にわかりにくい。子どもさんを含めてみると、なかなか理解しにくいのではないか」と異論を唱えた。また、高野徹大阪大講師は、私は文章のほとんどに反対だと述べた。

鈴木元座長は、今回の報告書を受けて、検査が中止されることはないと述べ、事故当時1歳から4歳だった子どもが高校生の年代になる2021年から26年頃に、甲状腺がんが増えるかどうかを見極めるまで、被曝影響かどうかの判断は難しいとの考えを示した。

撮影:今野寿美雄

五輪に向けた安全PRに見える〜甲状腺がんの当事者ら激怒

評価部会の報告書は、福島県内にテレビや新聞でも大きく報じられた。娘が甲状腺がんとなり、再発や転移を経験している母親は報道を見て「甲状腺癌と被爆の関係はないと言い切っているけど、放射線と関係がないのならば、娘は、そのまま放置して一生何事もなく過ごせたのでしょうか?患者と家族に分かりやすく説明してもらいたい。」と疑問を呈した。さらに「オリンピックに向けて日本、そして福島は安全だという事を世界に向けて証明しようとしているように見える。」と指摘。「ニュースの報道見てても、どうせ、みんな他人事なのでしょう」と憤りをにじませた。

また甲状腺がんが手術を受けた20代の女性は、「中学生だった事故当時、原発事故のことはほとんど知らされず、事故直後に屋外で雨に当たりました。」と個別事情を加味しない今回の結論を批判。またUNSCEARの分析について、「年齢別、市町村別の被ばく線量が解析というけど、食品や水が特に影響与えるのに、加味しないのはおかしいし、そもそも本当に線量を当時正確に測っていたのか。」と憤る。また新たな同意書について、「デメリットとは笑っちゃう。社会的・経済的不利益が生じる可能性があると書いてるけど、それを補償する気はないのか?」と批判。「「受診者やご家族にご心労をおかけしてしまう可能性があります」とあるけど、偽善者感がハンパない」と怒りが収まらない。

さらに、検査で子どもの甲状腺がんを見逃された母親は、「過剰診断論」が一人歩きし、適切な検査や診断がなおざりになっていると不安視する。「日本には今や、甲状腺の診察に、ふた通りの病院があります。診察してくれて、エコーや細胞診をしてくれる病院。一方で、診もせずに、検査を無駄だと経過観察をすすめる病院。原発事故当時、フクイチから80キロ圏内に住み、ガソリンもなく、すぐに逃げることができなかった私たちにとって、患者になった時、どちらの病院の治療方針がメリットでデメリットなのか。放射能影響がないというなら、福島県立医大の国際医療科学センター(みらい棟)に甲状腺がんためにRI治療の病室をあれほど作る必要はなかったはず」と手厳しい。

報告書と同意書などは、次回の検討委員会に提出される。

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