東京電力福島第1原発事故後、福島県伊達市の住民の個人被ばく線量データが本人の同意がないまま論文に使用された、いわゆる「宮崎・早野論文」について、福島県立医科大学は19日、「倫理指針に対する重大な不適合はなかった」とする調査結果を公表した。
また、論文中に誤りがあったことについて、「故意ではない誤りはあるが、捏造などの研究不正は認定できない」報告書を公表した。また同日夕方、東京大学も調査結果を公表し、「論文著者の精査不足に起因するもの」とした上で、規範規則第 2 条に定める「故意」によるものとは認められず、また、「研究者としてわきまえるべき注意義務を著しく怠ったことによるもの」とまではいえないと結論づけた。東大は、倫理指針違反については、申し立てた規範委員会及び調査委員会の調査範囲外であるとして判断しなかった。
著者の宮崎真氏は、「調査結果を真摯に受け止めるとともに、論文中の誤りが混乱を招いたことを深く反省しております。本件につき、研究者として適正な研究成果を改めて発信することが責務であると自覚しており、依頼者である伊達市様からの適正なデータの再提供を待って、論文を訂正したいと考えております。」とのコメントを出した。
また宮崎氏に研究を依頼した伊達市は、「現在、市でも個人線量データ提供に関する調査委員会を設置して調査中であり、コメントは控える」としている。
早野氏の「1月8日見解は撤回」
今回、東京大学が公表した調査結果では、ICRPのダイアログセミナーに用いられたスライドと論文間の齟齬について、スライドの縦軸の数値にミスがあったと説明。個人線量率(単位:µSv/h)を示すことを想定していたため、生データから得られた3ケ月毎の積算線量(単位:mSv)を 0.455 倍(/3(ヶ月)/30.5(日) /24(時間)*1000(倍))すべきだったにも関わらず、これが行われていなかったとしている。さらに、論文内の図6の縦軸の数字はこの変換が行われていたことが原因だったという。
また論文内のデータ間の齟齬については、図7縦軸の数値が積算線量(単位:mSv)であり本来 2.2 倍(上記 0.455 倍の逆数)されるべきところ、対象研究者が同論文図6からの計算時に失念していたためだという。
東大の調査結果
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400120284.pdf
これらの内容は、早野龍五氏が今年1月8日、文部科学省に掲示していた見解と大きく異なる。これについて早野氏は、「1月8日の見解は撤回する」として、ツイッターで謝罪した。
撤回した1月8日の早野氏の見解。誤りの説明が全く異なっていた。
申立人「心から驚き」
東京大学と福島医大に申し立てをしていた伊達市の島明美さんは記者会見を開き、「今回の調査結果を読み、心から驚きました。」とコメントを発表。「被ばく線量と住所という極めてデリケートな情報を研究に使用され、個人情報が軽視されていると強く感じた。研究の倫理違反も研究不正もないとする今回の判断は到底理解できないし、許すこともできない」と憤りをにじませた。
さらに「今回の論文は、伊達住民を置き去りにしたまま、きわめて不透明な経過を経て書かれた。伊達市前市長の要望による論文であったことや、市の文書に改ざんがあったことが明らかになるなど、政治的な背景があることが浮き彫りになっている。」とした上で、「本調査の過程も結果も、非常に不透明かつ不誠実であったことを、非常に残念に思う」と伊達市民への説明を求めた。
一方、科学雑誌に論文の誤りを指摘していた黒川眞一高エネルギー加速器研究機構名誉教授は「解析方法やグラフにおいて、不整合で不可解な内容が複数あり、意図的なデータ改ざんや捏造が行われている可能性が高い。」とした上で、「この論文は物理学を破壊する」と、今後、他の物理学者とともに新たな申し立てをすることを明らかにした。
また黒川氏は、東京大学と福島医大の調査結果で、伊達市住民の生涯積算線量について解析した第2論文の図7の縦軸が、2.2倍であったとしている点について、「図7の縦軸を2.2倍にするとなれば、生涯線量も2.2倍になるはず」と指摘。「第2論文の結論に示された生涯線量の数値は妥当であり、告発者側が主張する個人線量の過小評価はない。」とした福島医大の結論は、論理的にあり得ない。」とのコメントを発表した。
一方、早野氏は、図7は2.2倍になるとしながらも、過小評価はないとする医大の発表通りであるとの見解を示した。